殺生の禁止という触れが出されるということは、殺生が行われているということ、触れが出されてから五年もたって罪に問われるということは、触れが徹底していないということである。そもそもプレスマンで何が狩れるのか。
最終更新:2024-09-30 00:00:00
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会話率:0%
白河法皇の死後、時代は鳥羽院が院政を敷く時代へと移り変わる。白河法皇の時代と変わらぬ寺社勢力との諍い、復活を目指す藤原摂関家とのせめぎ合いが続くと思われたが、ここで新たな勢力である伊勢平氏がその武力と経済力を前面に掲げて台頭してきた。伊勢平
氏は軍事力で清和源氏に対等に渡り合う勢力となり、鳥羽院政と結託することで朝廷の中枢に食い込むことに成功した。
藤原氏の当主となり藤原摂関政治の再現を求める藤原頼長は敵対する者を容赦なく暗殺するなど強権を振り回し周囲の怒りを集めるが、自身をエリートと信じて疑わない藤原頼長は超然とした態度で終始し、清和源氏を操ることで鳥羽院と真正面に渡り合うようになった。
この対立は鳥羽法皇の死の瞬間、奇妙な結果を迎える。清和源氏も伊勢平氏も内部分裂し、鳥羽法皇亡き後の政権を求める崇徳上皇と後白河天皇との争いへと変貌し、保元の乱という結果を迎えた。
本作品は2019年4月より2020年3月まで「いささめ (https://ameblo.jp/tokunagi-reiki/)」にて公開した「平安時代叢書 第十五集 鳥羽院の時代」を再編した作品です。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2022-10-14 22:36:37
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会話率:1%
藤原師実の死によって朝廷内に君臨していた藤原氏の勢力は衰退し、相対的に白河法皇の地位が向上して院政が始まった。国家の全ての権力を手にした白河法皇は、鴨川の水害、サイコロの目、そして比叡山延暦寺の僧兵以外は全て自らの意に従うとまで豪語するまで
に至ったが、その実情は国家経済の低下と国民生活の悪化を伴うものであり、勃興しつつある新たな存在である武士がその勢力を徐々に強めていた。
それでも白河法皇が存在することで日本国はどうにか存続し続けていたとも言える。本当の危機は白河法皇の死後に訪れるのだから。
本作品は2018年5月より2019年3月まで「いささめ (https://ameblo.jp/tokunagi-reiki/)」にて公開した「平安時代叢書 第十四集 天下三不如意」を再編した作品です。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2022-10-14 19:58:01
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会話率:0%
藤原摂関政治のピークであったはずの藤原頼通政権は終わりを迎えた。それも、後継者の選定に失敗した末での老衰による終わりであった。藤原頼通は死を迎えたわけではなく引退しただけであるが過去の人となってしまった。
藤原頼通の引退後、日本の国政を執る
人はいなかった。後三条天皇は天皇親政を図り大胆な政策を遂行するが、それがこの国を好転させることはなかった。藤原摂関家を継承した藤原師実は父ほどの能力を有さず、藤原師実の子の藤原師通は自己を過大評価して国政をむしろ悪化させていく。
前九年の役を終えた東北地方では平和ではなく戦乱となり、その戦乱は後三年の役と発展してしまう。全ての混乱が収束した後、ただ一人残ることとなったのは後三条天皇の子の白河法皇であった。
本作品は2017年5月より2018年4月まで「いささめ (https://ameblo.jp/tokunagi-reiki/)」にて公開した「平安時代叢書 第十三集 次に来るもの」を再編した作品です。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2022-10-14 07:32:37
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会話率:1%
加賀国原村で打ち捨てられていた女童。
孤児の女童の前に、ある日身形の良きをんなが膝を着いて話しかけた。
「我とともに都へ行きませぬか」
その者の名は、後に白拍子として清盛入道に寵愛賜りしをんな【祇王】。
祇王は元服もまだな女童に、芸を仕
込む。字は基本、雅楽・今様・無論舞なども授けていった。
祇王と血の繋がりし大母御刀自、妹御祇女にも可愛がられ育つ中、祇王とともに清盛入道の前へと召される。ともに舞、たまに笛を吹く。
そして女童は祇王とともに清盛入道より寵愛賜ることとなる。
その際に名付けらる――――名を原村にある花山天皇植わえし松に準え【小松原童子】。
くしくも後に、【仏御前】として清盛入道に寵愛さる白拍子の出身であった。
そして、小松原童子と祇王を割く出来事来る。
かの仏御前、祇王の引き立てにより清盛入道の御前にて今様披露す。これ境に仏御前は召し抱えられ祇王は捨てられた。
小松原童子は祇王が見出すほどの、その優れた見目により継続で寵愛された。屈辱を受けしは祇王のみ。祇王はその後、仏御前と小松原童子の慰め役となりて程なく出家す。
その幾年後、仏御前もまた出家す。恩ありし祇王の坐嵯峨往生院にて妹御と大母御とともに。清盛入道の下おりしは小松原童子のみとなりはつる。
小松原童子、以前より清盛入道に囲われたる琵琶引きのめしひ男童【浮舟】とともに舞い踊る。
ある日清盛入道の下にやってきたのは、入内していた中宮徳子であった。
彼の者、この頃夫高倉院病臥す日々。
そこなに起る不穏な話。徳子を後白河法皇の後宮侍らすとのこと。
思うところありようで、最初の清盛入道への反意はこの小松原童子と浮舟を取り上げることであった。
「きっと、沙羅双樹のようなこの二人の舞と琵琶を聞けば、帝もお元気になられるはずです」
強引に囲いて徳子は二人の舞と琵琶を高倉院に聞かせたり、小松内府や後白河法皇に聞かせてあげることとなる。
その後、高倉院崩御と清盛入道逝去により院号宣下を受け徳子は建礼門院と名を改める。
そして来たる都落ち。小松原童子と浮舟はともに建礼門院へと付き従う。
日増しに強まる平氏討伐の声、あゝ無常なり
驕り高ぶりの行き過ぎ故に起りし不満が花開く。
西国にも見放され、仲間の入水・討死も相次ぐ。
維盛、清経、敦盛、師盛、忠房。
平氏はついに定る。この海原を母と。
壇ノ浦である――――。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2022-01-31 21:33:43
3713文字
会話率:11%
平家物語の大原御幸の場面を書いた掌編です。運命に翻弄された建礼門院の一瞬の炎を書きたかった。
最終更新:2021-11-01 15:57:15
1551文字
会話率:27%
源義経と静御前の恋物語をモチーフにしています。壇之浦の戦いの後頼朝と義経は対立の関係になります。時の朝廷の実力者後白河法皇は権謀に長けた御方でした。義経一行は京を追われて逃避行。吉野山中に逃れますが静御前は雪の山中で一行とはぐれ頼朝の追っ手
に捕まります。義経一行は奥州平泉に逃げ込み奥州藤原氏の保護を受ける事になりますが…。静御前は鎌倉に送られて尋問。妊娠がわかり頼朝は殺害を一度は命じますが、妻の北条政子のとりなしで、静御前に舞を舞わせその舞が素晴らしいものであったならば静の命を助ける。産まれて来た子供が女子なら親子とも助けると約束させました。
政子は静御前を説得します。とにかく舞を舞い命をつなぐ助かる道を…。生きてこそ夫と決めた人と会う日もあるかもしれないと…。静御前は説得に応じて頼朝の前で舞いを…。彼女の一命は助けられますが…。静の産んだ子供は男の子であった為に残念ながら…。
一人静と二人静は実際にある花です。
愛する男女 何時の時代にも悲しい別れが存在するのが歴史ですね。
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2019-03-19 17:02:18
310文字
会話率:0%
平安時代末期、平家政権の全盛期。
ある日、京で細々と勢力を保っていた源氏の貴族、頼政は御所に現れる妖怪『鵺』を討てと命を受ける。
しかし、そこに現れたのは妖怪ではなく、子供の盗賊であった。
頼政はその盗賊を保護することに決め、共に平家が幅を
利かせる時代を生きていくことになる。
読み速にて晒し待ち中です。
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2019-03-07 20:00:00
123956文字
会話率:26%
後白河法皇(ごしらかわほうおう)の妃に仕える女房の若葉姫は、父の藤原成親(ふじわらのなりちか)に法皇と政略結婚させられそうになり、反発する。成親と仲の悪い、平家一門の公達、平維盛(たいらのこれもり)と恋仲だと嘘をついて、若葉は法皇との結婚を
逃れようとするが、ひょんな事から、維盛と偽物の恋人同士を演じる事になってしまい…。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2012-05-19 20:44:26
67741文字
会話率:52%
平安時代末期、奥州藤原氏が支配する日高見国は、同じ貿易立国を目指す平家との間に。海上利権をめぐるかけ引きが存在した。後白河法皇と源頼朝、藤原秀衡それぞれの思惑に翻弄される源義経主従。海上交易の視点から平安三国志を読み解く長編歴史小説。
最終更新:2009-06-10 17:36:55
79409文字
会話率:16%