三国志演義では、諸葛亮と周瑜と言う二人の天才に挟まれた、可哀想なくらいの中間管理職である魯粛。
そんな彼を独自解釈と独自設定で書いてみました。
最終更新:2023-12-08 01:00:00
463615文字
会話率:45%
姿質風流 眉目秀麗と称される 東呉の英雄 周瑜の手紙が届く。
時は、後漢末。
動乱の中原に戦雲たれこめ、天下、乱麻のごとく絡まる。
諸侯 群雄割拠の興亡の中、その主役が出揃った時代。
天を覆わんばかりは、漢の丞相 曹操。
しかし、
赤壁の戦いで 南下する曹操軍を破り、その勢いで荊州の争奪に成功したのは東呉の周瑜であった。
蛟龍風雨を得た まさにその時、病邪に倒る。
その年、36歳。
夢破れ、遠き巴丘の地に運命を悲嘆する若き友からの手紙の封を切り、魯粛は、野心に燃える虎狼の牙を折る謀に思いを巡らす。
彼は、呟いた。
毒を以て毒を制す。
歴史の舞台から消え去ろうとする周瑜に替えて、劉備を大駒として配し、遠き未来を見据える魯粛の前で、その手紙は、煙となって天高く流れてゆくのであった。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2022-10-09 09:00:00
3984文字
会話率:6%
荊州を攻略した曹操は、ついに呉に一大勢力を誇る孫権に対して最後通牒を突き付ける。
同時に水陸の軍八十万を百万と唱え、長江流域の国境沿いに展開。
しかし、呉では降伏派と決戦派に分裂、議論は平行線をたどるばかりであった。
そこへ呉の重臣、魯粛が
一人の人物を伴って帰還する。
諸葛亮、字は孔明。
道号を臥龍と称し、曹操に追いつめられている劉備の軍師であった・・・。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2022-03-25 03:14:59
14381文字
会話率:1%
劉備と孫尚香の婚姻後、荊州を奪おうと呉の大都督・周瑜は計略を仕掛けるが、諸葛亮に看破されてしまう。直後に諸葛亮からの手紙を読んで極度の興奮状態に陥り、陣没する。後任は遺言によって魯粛が引き継ぐことになったが・・・。
最終更新:2020-02-09 16:23:25
9632文字
会話率:0%
21世紀でサラリーマンをやっていた俺は、気づけば三国志の世界に転生していた。
その転生(憑依)先は、呉の孫紹。
孫権の兄であり、”江東の小覇王”と呼ばれた孫策の、息子だった。
時は”赤壁の戦い”直前の、208年初頭。
ここから曹操を撃退した
孫権と劉備が、それぞれに国を構え、3国鼎立の状態になっていく。
しかし微妙な立場の孫紹は、戦局に関わる機会もなく、ただ歴史の中に埋もれてしまうのだ。
いいや、この胸にくすぶる思いを、諦めたりはしない。
志なかばで逝った孫策(オヤジ)の夢を、俺が継いでやろうじゃないか。
今、未来人の意志を宿した孫紹が、新たな歴史を作ろうと動きだす。
孫家3代の覇業に、刮目せよ。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2021-12-16 08:00:00
174052文字
会話率:39%
創作三国志。諸葛亮の出蘆を聞いた諸葛瑾の掌編。諸葛亮が劉備に仕えたと聞いて諸葛瑾はちょっと驚いたんじゃないかなと。孫権に引き合わせていたというのは創作です。
最終更新:2021-11-02 23:15:38
1950文字
会話率:45%
三国時代のヤバい奴らが集結!「馬氏の五常」の長男、馬正が乱世を鎮めるべく奔走するIF三国志!
郭嘉、魯粛、法正など、問題児達が揃い踏み。さらにはあの最悪の毒舌を持つあいつも…?
謀略を巡らせる智将達は戦乱の世を終わらせられるのか!?
最終更新:2021-02-18 22:32:48
101416文字
会話率:37%
『LoveCraft』なるVRMMOストラテジー・ゲームにて、夷陵の戦いで大勝を得た記憶と、美少年のような少女の体、そして『陸遜』の名を持つNPCは頭を抱えていた。
ーー記憶にある輝かしい実績にしては低すぎる、上から数えて三番目の『ラ
ンク:四』という概念に。
故に仕事にありつけず、ただ時間をすり減らす毎日を過ごしていた彼女は、ひょんな事から尊敬する呉の都督の名を持つNPC三人と出会う。
だが、周瑜は自分の才に溺れ子供のようにワガママ、魯粛はのほほんとした度が過ぎたお人好し、呂蒙は阿蒙時代と同等以上の馬鹿となっており、皆揃ってランク四となっていた……
されど皆、現状に満足はしていない。故に彼女達は、己の価値を他人と世界に見直させるべく、幾多の戦場を駆け抜ける事を決心した。
奇天烈な少女達によるドタバタコメディ戦記が、今ここに始まる!折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2019-11-17 20:31:12
235435文字
会話率:56%
天下三分の一ならぬ天下二分の一、三国時代、天下を分断するという稀代の策を考えたのは諸葛亮だけでは無かった、これは後に三国の一角、”呉”の礎を築いた名軍師にして稀代の快男児、魯粛子敬の物語である
最終更新:2013-08-25 01:24:37
8874文字
会話率:0%
三国志演義では関羽と黄忠の一騎打ちでも有名な、劉備軍による荊州南部四郡への軍事侵攻に関して、実は劉備は自分ではその四郡を取っていなかったのではないのか?という疑惑についての検証。
最終更新:2013-05-02 03:21:01
6361文字
会話率:0%