台湾の侯孝賢とスペインのビクトル・エリセは私にとって特別な映画監督、別格の存在です。昨年の侯孝賢がアルツハイマーを患い引退したという報道と、今年に入ってのビクトル・エリセの31年ぶりの新作長編の公開は、私にとっては一連のもののように感じら
れました。
侯孝賢には個人的な思い出もあり、何かまとまった文章を書くのは、大げさに言えば生涯の課題かもしれません。
というわけで、随分時間がかかりましたが、ビクトル・エリセの新作「瞳をとじて」公開にかこつけて、エリセ論と言うのもおこがましい雑文をものしました。「ミツバチのささやき」(1973年)と「瞳をとじて」のあれやこれや及び「エル・スール」(1983年)とその原作との関係などについて、2つの論考をnoteと小説家になろうで公開します。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2024-08-27 22:57:30
3160文字
会話率:0%
台湾の侯孝賢とスペインのビクトル・エリセは私にとって特別な映画監督、別格の存在です。昨年の侯孝賢がアルツハイマーを患い引退したという報道と、今年に入ってのビクトル・エリセの31年ぶりの新作長編の公開は、私にとっては一連のもののように感じら
れました。
侯孝賢には個人的な思い出もあり、何かまとまった文章を書くのは、大げさに言えば生涯の課題かもしれません。
というわけで、随分時間がかかりましたが、ビクトル・エリセの新作「瞳をとじて」公開にかこつけて、エリセ論と言うのもおこがましい雑文をものしました。「ミツバチのささやき」(1973年)と「瞳をとじて」のあれやこれや及び「エル・スール」(1983年)とその原作との関係などについて、2つの論考をnoteと小説家になろうで公開します。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2024-08-25 23:15:28
3985文字
会話率:0%
新幹線整備計画について調べてみると、知らない事ばかり。そして、1973年策定の新幹線基本整備計画を見てぶっ倒れそうな衝撃を受けました。ほとんどの人がこれを見たら、笑うしかないと思います。酷すぎです。
キーワード:
最終更新:2024-06-20 12:52:50
6036文字
会話率:0%
独身の頃の俺は1Kのアパートで初中、訳の分からない金縛りに悩まされていた。眠りに就いて数時間もすると金縛りがやってきて、えもいわれぬ悪寒に心身が支配され、奈落の底に引き摺り込まれるような物凄い恐怖に強襲される。
俺は落ちたらお終いだと必
死に頭を振り捲って抗い、冷や汗を掻いて眼が覚める。これでは辛い日常を生きることで疲弊した心身を眠りで休めることもできやしない。
ある時ふと、そう大したこともない人生、いっそのこと夢の誘惑に身を任せて奈落に落ちてみるのも一興かなと考えるに至る。
万年床に就いて数時間後、想定通りの金縛りが襲ってきて、ゾクゾクっとする悪寒が走った。
「来たー!」
極度の恐怖の中、俺はヤケクソで、「殺すなら殺せや」と心で叫んで、頭を振って抗うこともせず、従容として身を任せた。
一度落ちてみると、「あれっどうってことないやないか!」
てっきり、心臓麻痺で死にでもするのかなと思っていた俺は力が抜けた。それ以来、金縛りはピタッと収まり、悪夢もなくなった。
撃ち殺される場面でも、断崖絶壁から突き落とされる場面でも、おどろおどろしい幽霊が眼前に現れる場面でも、俺にはそれが夢だと分かるようになってしまった。だから、平気で銃で撃たれてやるし、崖から落ちてやるし、刺されてもやるし、幽霊には質問してやる。どうせ夢だし死にやしないしどうもない。
こうなれば俺にとってもう夢は現実逃避の駆け込み寺だ。どこででもただ眠りさえすれば安らぎをくれる。俺はドリームコントロールができるようになってしまった。
このことが俺に小説のヒントをくれた。『夢界の創造主』だ。
俺は理不尽な仕打ちに耐えながらの仕事、障害者の人生から逃避するかの如くブログ小説を書き始めた。そのブログに仙人が住み着いて、俺に言う。
「ご主人様は我々B界の創造主様でございます。このB界にいらっしゃりさえすれば何でもご主人様の思いのままでございます」と。
俺は即座に答えた。
「なら、1973年の世界に行って凶悪志願の真知子に会ってみたい」と。折りたたむ>>続きをよむキーワード:
最終更新:2024-05-04 19:28:17
308508文字
会話率:62%
1999年アンゴルモアの大王が来る時に君はなにしてた?
あらすじ
1973年フランスの占星術師ノストラダムスが1999年7月に人類が、滅亡する予言をした。
ーー1999年7月、恐怖の大王がくるだろうーーー
オカルト大好きで予言
を信じきってしまっていた恋人なし、取り柄なし、友達少なし…のアラサーOL
道茂 ジミ子は幼い頃からコツコツとひたすら貯め続けた貯金1000万円をどうするか必死に考えていた!!
「お金は死んだら使えない…どうするわたし!?」
※この作品はフィクションです。登場する人物、企業、団体すべて架空の物であり、実在する人物、企業、団体とは関係がありません。
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2021-07-05 10:05:03
6093文字
会話率:32%
主人公山田剛は1973年2月25日、神奈川県川崎市に生まれた。
彼には3つ下の弟がいた。名前は順二といった。
どこにでもある普通の家族、平凡な人生を送っていくはずだったが、彼は母親の病死から人生ががらっと180度変わってしまった。
彼
が13歳の時父親は連れ子のある相手と再婚した。連れ子ばかり可愛がられ、彼と弟は邪魔者扱いされた。19歳の時彼は家を飛び出した。最愛の弟を残したまま・・
数年がたち最悪の事態が訪れた。彼の弟は飛び降り自殺をした。
そしてまた数年がたち弟の13回忌。剛がずっと死ぬほど憎んでいた両親と再開した。憎んでいたはずの両親が彼にに言った言葉はとても信じられないものだった。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2021-01-11 20:22:03
6279文字
会話率:25%
ビンテージ洋楽ファンの留衣は、友人貴流の誘いでヒット曲の世界へバーチャルトリップする「ヒット曲ライブラリー」のモニターをすることになった。
彼が選んだ曲は、1973年全米1位の「ジョージアの灯は消えて」。南部の田舎町を舞台にした、無実の男が
絞首刑になる歌。留衣がその曲の世界で体験したものは。
この作品は、個人サイト「マイウエイ マイライフ」にも掲載しています。折りたたむ>>続きをよむキーワード:
最終更新:2020-10-01 11:07:49
13390文字
会話率:32%
今をさかのぼる1973年から1975年あたりのこと、往時は私も今の皆さんと同じような若者でして、「若きウエルテル」に描かれるところの、生命の疾風怒濤期に右往左往するような存在でありました(何も生まれた時から爺だった分けじゃありません^_^;
)。当時の若者はーいわゆる団塊の世代ですがー戦前・戦中への反発・禊という時代の大波をもろにかぶったような世代でして、国家や家庭に縛られることを頓に嫌うような風潮があったと思います。俗に云う修身や孝忠観を否定し、それよりは人間一個人の自由と人権を謳歌するが如き、謂わば日本のルネサンス(人間復興)と個人の青春時代を一にしたような塩梅でした。生意気に人並み以上に芸術、分けても文芸に感受性の強かった私であったので、ひとこと紹介文に記した通り、なるようにしてランボー教の信者となってしまったのです。往時も(恐らく)今でさえも彼アルチュール・ランボーは名を変え、顔を変えて時代時代の若者たちに、文学潮流にその影響力を発揮していると私は見ます。それはなぜか。青春とはいつの時代にもそれぞれの体現者と系譜者が当然いるものだからです。そして青春とは常に親・時代・地域の慣習などに一時的にせよ反発し、その独自性を模索するものだからです。そのような青春の寵児であった彼ランボーは往時殆どあらゆるものに反発・反抗しましたが、それをするに当たってただひとつだけ拠るものがあったようです。それは何かと云うに、嘘のつけないもの、ごまかしの効かないものと表現するしかなかった、彼の言葉で云えば「来ないものか、来ないものか、恍惚のその時は…」という「最高の塔の歌」に表現されたものがそれに当たりますし、あるいは「酔いどれ船」に描かれた詩境そのものがそれに相当するでしょう。それを彼なりのイデアと申しましょうか、あるいはただ単に魂と表現したらいいか判然としませんが兎角それがあった。反発と独自性を旨とする青春であってもその拠るところは学生運動であったり革命だったりします。なかなか普遍性には存し得ないのですがその中でこのランボーのそれは特異だったと云えるでしょう。そしてそれがゆえの青春の神ということなのですが…しかしさて彼のこのイデアは未だ感性のそれであり、血肉を持ったこの世的な把握までは世に提示し得ていませんね。それゆえ私は大変な苦労を、路頭に迷う思いをしたのですが、以下その辺りを…折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2020-04-09 12:28:20
3655文字
会話率:6%
1973年~1975年におけるわたしの海外放浪時につづった詩群です。かのアルチュール・ランボーに魅せられて、ホイットマンの詩に触発されて、また英国女流作家デュ・モーリアの小説「わが青春は再び来たらず」にも触発されて…等々放浪へのきっかけと必
然性はいろいろと云えますが、要はランボーの人生を繰り返してしまったということです。畢竟彼は人生とみずからのありかたに行き詰ったのです。まるで逃げるがごとくフランスと詩人としての自分に別れを告げて故国から旅立ちました。わたしもまったくそのごときだったということです。それがゆえに確固たる人生と云うにはほど遠い、脆弱性と根無し性が詩群の全編にあふれています。しかし人生を旅と見るならばかの松尾芭蕉の「この道や行く人なしに秋の暮れ」の指向だったと言い訳せぬでもありません。誰でも人はやがて必ずひとりで逝きます。生まれてくる時もそうです。その旅をレールの上を行くのではなく、みずからの足で致したかった…だったのやも知れません。まあ、わたしがつべこべ云わずに、どうぞ詩群をご検証ください。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2019-05-06 14:43:08
8114文字
会話率:7%
1973年12月。
15才のわたしが「愛の十字架」の世界観を小説にしました。
真紀…17才、秀樹…18才。
残酷な運命に翻弄されるふたり。
愛するがゆえの結末。
なぜ、真紀は待てなかったのか。
愛の十字架を背負って生きていく…。
最終更新:2019-03-21 23:50:30
2788文字
会話率:26%
1973年。津ノ南島の団地に住む少女イーリスは、日の出と日の入り時の海上に現れる謎の巨大都市蜃気楼〈逆さ都市〉の観測を始めた。ある時、島の図書館で『日本沈沒』という"ファンタジー"小説を手に取った。そこに描かれていたの
はフィクションとしての「東京」という都市や、「桜」という木花の存在だった。それは〈逆さ都市〉の観測の中でイーリスが見知ったものと酷似していた。
イーリスは、マリアKやマーフといった新しく島に結晶化した子供達と共に〈逆さ都市〉の謎の解明に挑み始めるが、いつしか世界と自らの謎めいた関係にめざめ始める。
――悪魔憑き、人工衛星シマウマ、教団A、日本沈没、悪性人工知能、HAL9000、シンギュラリティ、1973年・1995年・2048年、虚構と現実の対決を辞さない近未来SF小説。恥かし。。。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2018-03-27 09:52:07
84646文字
会話率:42%
1973年、人類は致命的な過ちを犯した。
たった一基の衛星。人類とそれが住む星の場所を記した金属板。
星々を渡り知的生命体を統合し、星そのものを貪り、永劫の進化と生を望む彼らに我々は認識されてしまった。
そして迎えた2045年。
未曾有の大
災害により東西に分断された日本を始まりの舞台として物語の幕が上がる。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2017-10-25 00:00:00
2257文字
会話率:19%
1973年3月16日に沖縄県の那覇空港でタイから贈られた子象が1頭、逃げ出して未だに行方不明という話を聞きまして、思い付いた作品です。
キーワード:
最終更新:2014-09-22 16:43:26
2761文字
会話率:34%
1970年から1973年。ヨーロッパ放浪の旅。
憶えてますか貴女(あなた)との出会い。
鮮明にあのころがよみがえります。
長編小説「デュッセルドルフの針金師たち」の
資料メモ日記です。
最終更新:2011-01-29 13:52:48
10952文字
会話率:9%