二〇二〇年。感染症が蔓延。 卒業式は中止、卒業旅行も入学式も無し。授業はオンラインに移行。バイト先はクラスターが発生し休業――。
ありとあらゆる機会が悪夢へと変わっていく。
人との接点が完全に絶たれた、大学生の福澤桃介。人との接触を求
めて始めたライブ配信で、ひなまつりと出会い――。
* * *
ボイスノベルを楽しめるよう、キャラごとに声を分けています。耳で楽しんでいただけると幸いです。
https://novelba.com/indies/works/937810
別作品、ひなまつりとリンクしています。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2023-03-04 12:00:00
11422文字
会話率:32%
ヒント:答えは二つあります
最終更新:2019-12-03 21:30:32
5469文字
会話率:4%
旧一万円札と化した聖徳太子は
現一万円札の福澤諭吉に強い嫉妬を抱いていた。
そんな太子のとある一日を紹介します。
最終更新:2017-03-20 20:33:52
2772文字
会話率:55%
「福沢諭吉」とは1835年1月10日(天保5年)大阪で誕生し、1901年2月3日(明治34年)死亡。
有名な執筆と文献は、学問のすゝめ、西洋事情、脱亜論である。
「福沢諭吉」と聞いてまず浮かべるのは大半は”一万円札”(日本銀行券一万円
札に1984年から2014年現在)であろう。
福沢諭吉が一万円札になった理由として、
まず、現在の日本紙幣の肖像画の選び方が「立派なことをした人」という条件と、
千円札、五千円札、一万円札それぞれ見間違えないよう、特徴の異なる人物を用意するのが前提という。
これは、偽造紙幣などを防止する為という説が濃厚である。
北康利さんの『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』(講談社、2007年3月)の7-9頁によると、
1984年(昭和59年)11月1日の新紙幣発行に際して、
最初の大蔵省理財局の案では、・十万円札が聖徳太子・五万円札が野口英世・一万円札が福澤諭吉となる予定だった。
しかし、その後、十万円札と五万円札の発行が中止になってしまったが故に、
一万円札の福澤諭吉が最高額紙幣の人となったとつづっている。
他にも諸説いろいろありますが、わたくしは難しい話は好きではないのでこういう話はここで終わります。
ここでのストーリーは「福沢諭吉」の比喩である”一万円札”が関係する。
もしかしたら、自分自身がその状況に陥る可能性も・・・。
「ハル」という青年が直面する「福沢諭吉」の本性。※本物の福沢諭吉さんとは何の関係もありません。
それでは「ハル」が見てきた「福沢諭吉」に食べられた人々のわずかながらですが話が始まります。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2014-08-06 17:56:22
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会話率:48%