桶狭間の戦いを間近に控える永禄三年(1560年)五月、前田利家は主君・織田信長の逆鱗に触れ、諸国浪々の憂き目にある。
信長の気性からして許される見込みは皆無。
武名を利し、他家へ己を売り込むのが得策であったが、今川義元挙兵の報
を聞き、じっとしていられなかった。
帰参が叶わねば、死をも辞さず!
それだけの覚悟で、信長が逗留している尾張北部の農村・小折村へ乗り込むものの、そこで見たのはあまりに意外な光景だ。
近隣の村を束ねる有力者を集め、御張行(今風に言うと一種の仮装舞踏会)を大々的に行い、何と信長自ら女装して華麗な舞を披露していたのである。
小折村を束ねる長の娘、生駒類に溺れ、惚けてしまったと言う噂も飛び交っていて、怒りと失望を募らせる利家。
だが、信長暗殺の企てを阻止した事で目通りの機会を得た時、利家は、主君の胸に潜む余りに深い心の闇を思い知る事となるのであった。
アルファポリス、エブリスタ、ノベルアップ+にも投稿しております。
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2023-02-22 07:09:06
24446文字
会話率:44%
物語の始まりは1570年8月9日近江浅井郡姉川河原~現在の滋賀県長浜市野村町付近~で激突した織田信長、徳川家康の連合軍と浅井長政、朝倉義景の連合軍の合戦、世に言う姉川の戦いの浅井、朝倉軍が敗退していくところから始まります。
主人公は長政の家
臣遠藤 直経(なおつね)通称:喜右衛門の小姓、白夜という名前の少年。起死回生の一撃を加えようと織田陣に潜り込んだ喜右衛門は信長暗殺を図りますが失敗、落命します。主の首を持ってその場を逃走した白夜は逃げ込んだ七尾山山中で不思議な少女に遭遇します。
金髪碧眼の美少女は同時代の北欧、前スウェーデン王、エリク14世が側室に生ませた三人姉妹の次女コンスタンティンでありました。
同時代とはいえ、異世界と言っても過言ではない北欧と日本。
歴史上の出来事は変えずにこの異文化ファンタジーを綴っていきたいと思います。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2019-12-11 23:18:59
83774文字
会話率:23%
信長暗殺
伊賀忍軍を殲滅させるべく大軍を動かした織田信長。
さしもの忍者達も織田軍の物量の前に、その命運も風前の灯だった。
織田軍と忍者の戦いとして、歴史に大きく刻まれる「天正伊賀の乱」
その中で「信長暗殺」を企てた最強の忍者がいた。
城戸弥左衛門《きどやざえもん》
彼は、自らを"第六天魔王"と名乗る織田信長に対し、二度も暗殺を企て、二度とも見事に逃げおおせたという。
そして今、三度目の対決がはじまろうとしていた。
「第六天魔王 織田信長!」
彼は思う
あれ?信長ってあんな角生えて空飛んで巨大化して目から光線出していたっけ?
日本史上に残る戦国時代最強の忍者"城戸弥左衛門"があくまでシリアスに、剣と魔法とライトなノリの異世界を冒険する、忍者アクションミスマッチ異世界ファンタジー折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2018-10-05 16:08:53
91033文字
会話率:39%
『本能寺の変の真の首謀者は羽柴秀吉だった』
その新たな真実を史実に基づいて解き明かす歴史ミステリー小説です。
本能寺の変から30年後にあたる1612年の京都・慈照寺にて、病で倒れた「天海」により解き明かされる本能寺の変の真実。
雨が降り
続く慈照寺の庭先を見ながら、歴史的大事件の真相が淡々と語られていく物語です。
※「霧の群像」の解説ブログ(http://ameblo.jp/hikurion/)も公開中。こちらも是非よろしくお願い致します。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2017-07-01 08:15:01
98361文字
会話率:60%
平成20年10月20日、京都市山科区の行者ヶ森で間瀬耕一の撲殺死体が発見される。
5年前彼は知多半島の常滑から妻の澄子と共に京都に移住している。彼は常滑では旧家なので、京都へは観光目的できている。
2年前に京都で歴史研究会に入会する。平
成20年3月より本能寺の変について一カ月に一回会員各自が持論を主張し合う事になった。
会の主催者は冨島潤一、会の実質的な運営者である望月源之助が信長殺しは明智光秀という通説をとりあげる。これをを10名の会員に配布する。
3月に広岡直道が明智光秀単独犯行説を発表する。4月の会合では光秀単独犯行説の異論を述べ合う。
5月は高坂登と上村秋彦が朝廷陰謀説を取り上げる。6月は菊池学が秀吉首謀説を述べる。
7月は権藤昭一が足利義昭陰謀説を、8月は瓜坂舜造がイエズス会による信長暗殺説を、9月には成島守が明智光秀非犯人説を披露している。
10月は間瀬耕一の番だが殺されたため、未定、11月は日下部修一だが休止となる。
9月までの会員が発表した資料は冨島を通じて各会員に送付されていた。
しかし間瀬家にはこれらの資料が一切なくなっていた。間瀬澄子は夫が殺される当夜、夫が持って出たと推測した。これらの資料と間瀬耕一殺害と関係があるとみて、澄子は実兄の内田茂と共に各会員を訪問して、各自が発表した資料のコピーを貰う。その上で間瀬耕一との利害関係を調べるが、殺害の動機に結び付くものは見当たらない。
内田は常滑で不動産を営んでいる。仕事の事もあり、2人は一旦常滑に帰る。
平成21年2月下旬に間瀬澄子に日下部修一から電話が入る。彼は11月に発表する予定であった資料のコピーを渡したい事と、間瀬耕一について気になる事がある。事件に結びつくかどうか判らないが電話では話せないので直接会って話したいと言う。
間瀬澄子は日下部の言葉を聞いて胸の騒ぐのを覚えるのだった。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2017-02-17 08:59:12
46073文字
会話率:5%
戦国時代、最も苛烈残虐を極めた信長に依る一向衆掃討戦。
その狭間に在って御仏の道を信じ、強い絆と信仰の下、徹底抗戦の布陣を崩さない、一向衆門徒達の鮮烈果敢なる生き様、心の葛藤苦悩を描く。
最終更新:2015-01-08 12:25:23
118236文字
会話率:30%
天正十年六月二日、本能寺にて起こった明智光秀による信長暗殺…歴史の教科書では一行にも満たない“本能寺の変”であるが一夜という短時間の間に起きた奇妙な出来事の数々…。
最終更新:2012-04-26 03:40:52
1236文字
会話率:10%