昔々、あるところに一人の青年が住んでいました。
青年は若くして両親を亡くしていましたが、幼い頃から手先が器用だったこともあり、丈夫な木の皮を編んで笠や籠を作ったり、木片を削って見事な工芸品を作ったりしては、町に売りに行くことで糊口を凌いで
いました。
その日も青年は、淡雪の降る初冬の山道を抜けて、人里から離れたあばら家まで帰ってきました。
「いやぁ、それにしても今日はたくさん売れた。これでしばらくは暮らしていけそうだ。あの町の人達はみんないつも優しい。本当にありがたいことだ」
青年は生来口下手で、商いが得意な方ではありませんでした。
しかし、誠実で思いやりのある人柄と持ち前の器量のよさで、町に暮らす人々の心を鷲掴みにして放しませんでした。
「暮らしを心配され、土産に鰯までいただいてしまった」
青年は風呂敷に包まれた鰯に視線を落とし、申し訳ない気持ちになりましたが、腹の虫が鳴いたので、感謝の気持ちと共に夕餉の支度に取り掛かりました。
すると、そのときのことでした。
コンコンと静かに戸を叩く音が聞こえてきました。
普段この豊かな自然に囲まれたあばら家には訪ねてくる者もおらず、青年は訝しげな表情になりながら戸に近付きました。
風の音ではありません。そこには確かに生ける者の気配がありました。
「何者か」
「道に迷って途方に暮れていたところ、明かりを見つけまして……」
「なんと、それは」
思わぬ女の声に、青年は驚きました。
外はすでに暗くなっており、古くから妖怪変化の住むと噂される山の夜道は女一人ではとても危険でした。
青年は、脳裏にぼんやりと「鶴の恩返し」の話を思い浮かべながらも、いやいやあれはただの昔話だと打ち消しつつ、戸に手を掛けました。
「中に入られよ」
そこに立っていたのは――折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2021-08-13 08:48:03
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