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検索結果:19 件
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ヒトはその誕生当初から平和的な種族だった。彼らの一部はいつしか太陽信仰に目覚め、極東の日本へとたどり着いた。
縄文時代は太陽と自然を崇め、祖先を身近に感じながら暮らしていたが、弥生時代に死者を不浄とみなす価値観が持ち込まれる。
これをもちこんだのはユダヤ人だと考えられ、現在の日本にもその痕跡が残る。そして弥生時代には、戦乱が増えていく。
二世紀、関東にあるアマテラスの国に出雲のスサノオ王が訪れる。表向きは和平の申し込みだが、スサノオの振る舞いは傍若無人であり、アマテラ
スの孫ニニギを人質としてもらい受けたいという意図が垣間見える。そこでアマテラスはニニギを出雲まで送るように見せかけ、同盟国であった南九州の狗奴(くな)国に逃がした。
狗奴国で生まれたニニギの曾孫イワレビコは、ある日まつろわぬ民の少女ハルノと出会う。彼女の正体は邪馬台国の女王、日(ひ)巫女(みこ)の後継者だった。とある事件がきっかけで、二人は邪馬台国で再会する。イワレビコはハルノに夢を明かす。それは日本古来の自然崇拝、ユダヤ教、道教を統合する新たな宗教「神道」を創設し、大和の地で天下を治める王となることだった。
それから七年が過ぎ、イワレビコの天下取り、いわゆる神武東征が始まった。大分県の宇佐でイワレビコはハルノと再会し、結ばれる。その後、出雲へと向かい、武力をもって主王の大国主と副王の事代主に出雲の国譲りを認めさせる。
そして大和へと向かうが、強大なナガスネヒコ軍の抵抗により、長兄イツセを失う。イワレビコはハルノに使者を送るとともに、紀伊半島を南に回って熊野を目指すが、途中で残り二人の兄も失う。失意のイワレビコのもとに、タカクラジとヤタガラスが現れ、加勢することになった。そして長い旅路の末にナガスネヒコ軍と再戦する。
イワレビコは日巫女に即位したハルノの占い通りの状況を作り出して相手の戦意を奪い、ナガスネヒコ軍に勝利する。ナガスネヒコの主君であるニギハヤヒは、ナガスネヒコを東北へと逃し、みずからはイワレビコに恭順する。
こうしてイワレビコは初代天皇に即位した。やがてイワレビコは畝傍(うねび)に、ハルノは宇佐に埋葬される。その一方で二人の魂は分霊され、別の場所に合葬されたかもしれない。
現在の神道は、縄文系の自然崇拝がユダヤ教を取りこんだように見える。そしてその祭祀王が天皇である。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2024-03-31 19:20:00
124972文字
会話率:32%
IN:0pt OUT:42pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
戦後『古事記』『日本書紀』に記載されている日本神話などの物語や初代神武天皇から続く古代天皇系譜伝承は、戦前の国家主義及び軍国主義の象徴とみなされ、戦後日本の社会と大半の日本人からほとんど拒絶されている。そして特に初代神武天皇及び2代綏靖天皇から9代開化天皇にいたるいわゆる「欠史八代」は架空の存在になったどころか『古事記』『日本書紀』成立直前に国家の歴史を延長させるために「無の状態」から「ビックバン」の如く創作されたという説が戦後の歴史学界と日本国民の常識となって今日にいたっ
て久しい。
しかしその一方で、戦後も一貫して神武天皇といわゆる欠史八代の天皇の実在を主張する歴史学者がいたのである。
さて、戦後の古代天皇実在論者は架空論が主流となった今日までにどのような根拠で特に以下のことを叫んでいたのであろうか?
「そ、それでも……神武天皇は……実在した!」折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2024-03-01 21:47:14
13484文字
会話率:3%
IN:0pt OUT:17pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
倭人伝や『古事記』を組み合わせ、日本神話の人代を歴史として描いた小説です。飽く迄も物語であるため、史実を追究したものではなく、同様に記紀などを題材とした『日本神紀』とも関係はありません。<序章 天孫>と<第一章 神武天皇>から<第二章 欠史八代>までは<<第一部 葛城王朝>>、<第三章 崇神天皇>から<第七章 仲哀天皇と神功皇后>までは<<第二部 三輪王朝>>、<第八章 応神天皇>から<第十五章 清寧天皇>までは<<
第三部 河内王朝>>、<第十六章 顕宗天皇と仁賢天皇>から<第十七章 武烈天皇>までは<第四部 播磨王朝>>、<第十八章 継体天皇>から<第二十二章 聖徳太子>までと<終章 天照大御神>は<<第五部 越前王朝>>です。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2024-01-20 20:00:00
50617文字
会話率:14%
IN:0pt OUT:25pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
卑弥呼女王の波乱万丈の一生を神話を現実の世界と見なし神武天皇と10代崇神天皇の時代に照準をあわせ系図を作成しそれぞれの人生のなかに卑弥呼人物像を描いた。
最終更新:2023-12-15 15:18:43
455434文字
会話率:35%
IN:0pt OUT:62pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
これは普通の御家人の物語である。
神話の時代、神武天皇が東征《とうせい》したとき、東国は|従わない者《エミシ》と呼ばれる民が支配していた。この一大勢力に対して神武天皇は毒矢を放った。すると毒矢は無数の矢雨となりふりそそぎ、敵対者はすべて死体の山と化した。この無数の屍《かばね》が積み重なって蔵《くら》のようになった。
この死が横たわる地を屍蔵《かばねくら》と呼び、それがなまったのが鎌倉《かまくら》である。
鎌倉幕府はその神話の上に築かれた。
――鎌倉、その
語源のひとつ。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2022-08-15 19:25:59
394976文字
会話率:42%
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総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
『歴代天皇即位の軌跡』の番外編。神武天皇以前について。
最終更新:2022-02-22 00:11:47
2097文字
会話率:0%
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総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
ヘアーサロンのガラスに映る、精彩を欠いた厭世主義者のような男――
それは、営業成績が振るわず、上司や同僚から毎日のように叱咤激励を受ける私だった。
そんな私をバカにするカラス。実家地方に伝わるカラス料理の「『カラス田楽』にしてやる!」と息巻くが、カラスは全く動じない。それどころか気持ちを逆なでするようにバカにしてくる。その鳴き声のする方を見ると、小さなお堂が目に入る。毎日通勤する道にも関わらず、今までそこにお堂があることには全く気付かなかった。八咫烏が神武天皇を導いたと言われ
る伝説のように、これもカラスのお導きなのか?
これも縁と思い、お堂―弁天堂―にお参りする。「営業成績が上がりますように……」。お参りが日課となって一ヵ月経つが成就されない。そんなある日、目の前に弁天様が降臨した。弁天様特有の姿である『びわ』を持って。弁天様に会ったのは晩夏だが、まだまだ夕陽の強い夕方。左脚に少々ハンディキャップをもつ70代女性。買い物袋を重そうに持っている。亡き祖母と姿が重なる。その買い物袋に、前から来た青年の運転する自転車が接触してし、そのはずみで袋を落としてしまう。何事も無かったかのように拾い上げた瞬間、今度は持ち手部分が切れて、再び袋を落としてしまう。悪いことに今度は袋が倒れ、買った商品が歩道に散らばってしまった。
その落ちて散らばった商品を拾い集めることから、私の妄想ヒーローが始まる。荷物を助けたおばあさんは裕福そうだ。そして物事は私の都合の良いように展開していく。見返りを求めないのがヒーローなのでは? 多くの人のヒーロー像だ。しかし、私は見返りを求める。ギブ・アンド・テイクであってこそ私の求めるヒーロー体だ。
そんな妄想が「営業マンさん」の言葉の一撃をくらい、現実に引き戻される。そこには、今助けたおばあさんがいた。普通のマンションに住む、普通のおばあさんだった。
マンション入口に着くや否やババ友からお茶に誘われる。おばあさんの手には、お茶受けのため、スーパーで買った『びわ』があった。
『びわ』を持つ女性……。弁天様なのか? おばあさんの背中から溢れる西陽は光背のようだったが。
この作品は「第14回銀華文学賞」に応募したものを加筆修正しています。
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2021-10-26 00:00:00
16133文字
会話率:36%
IN:0pt OUT:96pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
坂本はアラタマ教団で向井や寺島広三達と別れた後、岸田洋の実家による。岸田洋の不在を知ると常滑まで直行する。
坂本の調査は何故伊勢に天皇家の宗廟として天照大神を祀る事になったのかを調べる事にある。そしてソロモンの財宝は島根に秘匿されたが、日向の女王アマテラス一族の勢力が島根に及ぶにつれて四国の剣山に移された。
しかし神武天皇を頂点とした日向一族が大和を支配した時、剣山に隠された秘宝は伊勢に移される。伊勢こそニギハヤヒの長子猿田彦の支配地で、彼は磯部一族の祖先であった。
それと前後して、天照大神の御霊は大和の朝廷から出されて、各地を転々とする事になる。そして天照大神の御霊は最終地伊勢の地に鎮座する事になる。この時の天照大神はスサノオの子ニギハヤヒの御霊だった。時代が下り、天武天皇の皇后が持統天皇になるに及んで、天照大神の御霊は日向の女王アマテラスと宣言される。さらに時代が下り平安朝になると嵯峨天皇はスサノオ、ニギハヤヒを皇国の本主と宣告する。これは日向の女王アマテラスの否定であった。実際世間は内宮の天照大神をニギハヤヒと信じていたのである。天照大神が女王アマテラスとされるのは明治になってからである。
伊勢神宮は内宮と外宮に分かれる。
昔は外宮優位であった。今でもその名残としてまず外宮を参拝してから内宮を参拝する。しかし明治になって内宮優位が確立される。しかし外宮は伊勢の町に寄り添う様にして建立されているが、内宮は街から離れた場所に鎮座している。その理由を坂本はソロモンの財宝の秘匿場所と関係があるのではないかと推理した。
内宮が天皇家の宗廟として確立され20年ごとの遷宮が定められるのは天武天皇の頃である。そして持統天皇は伊勢行幸を何度となく繰り返す。
ソロモンの財宝の秘匿場所を知る磯部一族が常滑にやってきたのもこの頃と考えられる。
坂本は磯部一族は内宮外宮の建立場所を逆利用して、財宝の在り処を、常滑の地に封印したのではないかと考えた。
そして、坂本太一郎は岸田洋の行方が気になる磯部珠江、岸田洋の妻と共に伊勢に行こうと計画を立てた時、岸田洋殺害の悲報が飛び込んでくる。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2021-07-09 10:08:28
62930文字
会話率:9%
IN:0pt OUT:8pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
モーゼに率いられて出エジプトを果たしたユダヤ人の大半はバアル教の信者であった。一方のモーゼ達の支配層はヤハウエ信仰であった。
出エジプト後、ユダヤ人は他国を侵略して国家としての形を成していく。その最盛期がソロモンの時代である。その後バビロンのネブカドネザルによって滅ぼされる。
ユダヤ民族は12支族に分けられる。その内の2支族のヤハウエ信仰者だけが歴史上に名を残す。残りのバアル教徒の10支族が歴史上から姿を消す。彼らはシルクロードを通り、インドー中国ー蒙古ー朝鮮半島を経て
日本へとやってくる。
バアル教=牛の神=牛頭天王=スサノオを指導者として日本の出雲に定着する。その後九州全土を制圧する。近畿地方の大和の征服はスサノオの子供のニギハヤヒによって達成される。
ここまで調べた時、坂本は20年前に知り合った向井純に連れられて三重県明和町のアラタマ教団で禊をする事になる。その後、向井の会社の同僚の寺島に連れられて、伊勢外宮の近くのみちのく教団に案内される。伊勢に通う日が多くなる。みちのく教団は科学的に霊能開発を志す修行方法を開発して、信者にすすめている。
出雲にやってきたスサノオは九州を征圧して宮崎県の日向の女王ヒミコ(天照大神のモデル)を支配下に置いて彼女との間に3人の子供を設ける。
一方、ナガスネヒコの協力を得て大和を征服したニギハヤヒは死後、大神神社に祀られる。
出雲のスサノオの養子になった大国主は日向の地にも足を運び、ヒミコとスサノオの間に生まれた女の子との間に事代主を設ける。大国主亡き後この事代主が出雲の後継者となる。そしてニギハヤ亡き後ヒミコ女王の孫のイワレヒコが初代の神武天皇となって、大和の支配権を握ることになる。
平成9年6月下旬、坂本太一郎は向井、寺島と共にみちのく教団の門をくぐる。彼はみちのく教団の教祖佐久田龍一が紫水晶の秘密を知っていると察していた。
坂本は佐久田教祖と対面した後、向井、寺島と別れて明和町にある岸田洋の実家に急いでいた。彼はここ3ヵ月程前から明和町の実家にに還ったまま、常滑の磯部土建に帰っていないのだった。仕事の打ち合わせもあり、岸田に会おうと道を急いでいた。その坂本の車の後を追う様に1台の車が追走していた。
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2021-03-28 11:59:59
62282文字
会話率:12%
IN:0pt OUT:15pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
平和な日常が続いていたこの国家に奇襲攻撃により、首都が崩壊、陥落した。8年間にも及ぶ戦争が始まった。
そして戦争は終わり、2600年続いた国家の滅亡は免れたが、国家に対する財政的、政治的といったあらゆる面で衰弱していた。
そんなときに陛下が最初の奇襲攻撃により亡くなり、陛下不在というのが戦争中に続き、やっと安定した頃に新陛下の即位に伴い、この国家の存命を賭け、新陛下を中心に改革を行っていく物語。
※因みにここでの陛下は日本の天皇陛下(皇家または皇族)をもとに書く事柄が多いで
す
例)2600年◀日本も2600年前、初代:神武天皇が即位してからとして統治していると言われています折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2019-05-09 22:00:00
1177文字
会話率:0%
IN:0pt OUT:4pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
まだ倭国が筑紫朝廷(九州王朝)によって支配され、大和王朝は九州王朝の分家であった頃の話。大和の大王である額田部女王(推古天皇)の崩御をきっかけに大和王朝を巡る様々な矛盾が噴出する。
飢饉で民が苦しむ中で権力闘争に明け暮れる大和の群臣を見た一人の少年・中臣鎌足(藤原鎌足)は、父から教わった『六韜』を基に謀略によって私利私欲を追求する群臣を排除した上で、大和王朝の初代大王・磐余彦(神武天皇)が述べたという「八紘為宇」の理想国家を樹立することを誓う。
推古天皇崩御から天智天皇ま
での時代を独自の仮説を導入しつつ描く。
※九州王朝説、多元王朝説を設定に用いています。
※十二年後差説を使用しているので編年が通説と異なります。
※なるべく史料に忠実にはしていますがこの作品はフィクションです。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2018-06-20 21:14:18
22895文字
会話率:63%
IN:0pt OUT:68pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
妻の志保と古川を拉致された波多幾雄は気力を振り絞って太秦のお宝探しに奔走する。
崇神天皇、神武天皇等を調べる。結果この2人の天皇は1人の大王(ニギハヤヒ)の事蹟を2人に分割したものと推量する。そしてニギハヤヒの父スサノオは失われたユダヤの十支族の長ではなかったかと結論付ける。日本にもスサノオの伝説が牛頭天王(エジプトのバアル神)として伝わっている。
太秦のお宝=ユダヤの神との契約の聖櫃アークを日本に持ち込んだにはスサノオでそれを大和に運びいれたのがニギハヤヒと結論した。
その後、歴代の天皇によって契約の聖櫃アークは大和から各地を転々とする。最終地伊勢の内宮に納められる。
しかし平安京が出来ると、桓武天皇によってアークは宮中に納められる。それ以後鎌倉時代になると武家の力が朝廷を圧倒する。各地に内乱が勃発する。アークは秘かに伊勢の地に運び込まれる。
伊勢のどこかにあるのでは・・・波多がここまで推理した時、波多は志保と古川に再会する。
そして3人は伊勢に移される。その直前、謎の人物は”太秦のお宝の隠し場所を解く鍵は伊雑宮にある”と告げる。
3人は伊雑宮について調べる。伊勢の内宮、外宮、伊雑宮も秦氏の創建によるものと知る。そしてこの3社は元々3社一体で存在していた事を知る。
しかし伊雑宮の何処をどう調べれば、太秦のお宝と結びつくのか全くの不明であった。
3人は一旦常滑に帰る事になる。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2018-01-18 09:30:15
44909文字
会話率:8%
IN:0pt OUT:47pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
日本古代史を研究していくうえで基本的な書物である『古事記』と『日本書紀』。その両歴史書の最初の部分に記載されている、特に初代神武天皇と2代綏靖天皇から9代開化天皇までの「欠史八代」までの古代初期天皇9代の系譜は両書が7・8世紀に編纂されていく過程で、当時の朝廷の立場を正当化するために「創作」されたものであることが通説となっている。
しかし筆者は、両書の該当記述を読むことを繰り返していくうちに、初代神武天皇から9代開化天皇までの9代そのものの実在・架空までは分からなくても、
系譜伝承そのものが7・8世紀になって突然創作できるものではないのではないかと考えるようなった。
それをきっかけに、本作では上記の古代天皇系譜伝承そのものが古代に形成されて語り継がれてきたことに対して論じていこうと思った。
特に『古事記』『日本書紀』のいわゆる『記紀』に記されている古代天皇系譜伝承の「古代史的意味」についての一説が、また出現する!! ……であろうか。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2017-06-22 13:45:12
43482文字
会話率:17%
IN:0pt OUT:63pt
総合ポイント:18pt 評価ポイント:10pt
神武天皇御即位──皇紀二七〇〇年──から五年後の日本列島。第二次世界大戦より一〇〇年後の世界。
──西暦二〇四五年──
舞台は新元号「紅花(こうか)」元年。
護衛艦「やまと」は引退し、最新鋭護衛艦「むさし」が就役した。
しかし。晴れやかな進水式の最中、悪夢は甦る……
最終更新:2017-06-20 03:58:21
872文字
会話率:0%
IN:0pt OUT:14pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
作:蚰蜒(ゲジゲジ)
アクション
完結済
N3147DU
志能備(しのび)は、聖徳太子が使っていた情報員。其の始祖は古く、古事記にも登場する「八咫烏(やたがらす)」である。天(あま)から遣わされ、天皇(すめらみこと)を道案内するよう仰せつかった神鳥。
「黒い布を纏い高木から高木へ神武天皇を導き案内をした。まるで八咫(大きな)鴉のようだ。よって八咫烏の称号を御与えになった」
其の正体は武角身命(たけつのみのみこと)。魍魎の魔物退治の命(めい)を受けた天の力を持つ千年以上を生き抜く古代忍者軍団。時には魔に取り憑かれた人間と戦うこともある
。
戦国時代の覇王、織田信長である。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2017-03-22 19:00:00
29434文字
会話率:57%
IN:0pt OUT:40pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
崇神天皇の10代のご先祖様は確実に実在しました。そのお方が日向から大和入りしなかったと証明した人はいません。
何故日向から出発?神話の行間を埋め、人物にキャラづけするのは小説家の役割。映画化を目指します。
神武天皇が産み出したのは、国の赤ん坊に過ぎません。しかし2000年を超えて立派に成長しました。描いてみましょう和の国の誕生。映画にしましょう建国の父。
最終更新:2016-10-24 23:28:37
16783文字
会話率:52%
IN:0pt OUT:78pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
【12月17日:話を全面的に改稿しました】
はるか昔、太陽神・天照大神の神勅を受けた瓊瓊杵尊は、海神・素戔嗚尊の子孫である大国主に勝利を収め、倭国を建国したが、その際、大国主の息子である事代主は、倭国の王と国土の神である大山津見神が不仲になるよう、呪いをかけて自殺していた。
時は下り、倭国は海を越えた三韓(今の韓国にあった馬韓・辰韓・弁韓の三つの地域。多くの小国の集合体だったとされる)との対立が深まっていた。素戔嗚尊の息子である五十猛神は、高天原の天照大神に、倭国の支配権の譲
渡を迫る。
そうした中、倭の王族の家に生まれた若御毛沼は、神の啓示を受けて、東にあるという大和の国へ東征することになる。
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2014-12-17 17:48:29
2981文字
会話率:55%
IN:0pt OUT:20pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
「村の近くに幽霊が出るんです」。雪の降る季節、イワレヒコのもとへ飛び込んできたのは、そんな怪奇絡みの『依頼』。春の花を咲かせた樹、あちこちに蔓延る幽霊、その二つの怪奇を解決すべく乗り出すイワレヒコ御一行。事件に深く踏み込むうちにその怪奇の中心にいるのは、かつての天敵、殺したはずのナガスネヒコだった。
最終更新:2014-08-15 21:30:05
46990文字
会話率:41%
IN:0pt OUT:26pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
本格的な歴史小説で御座います。
物語は小碓ことヤマトタケルの命の波乱に富んだ生き様を通じて、日本の創成期物語を綴ったものです。同時に千光年余という途方もない距離を隔てた別世界に住む少女アルテミスが、宇宙望遠鏡を通して同じ時代を生き、永遠に満たされる事のない愛を切望する乙女の祈りを描いた物語でもあります。
「アルテミスの祈り」のタイトルを改名致しました。二千枚を越える長編で御座います。著作権の都合上、前作も残しておきました。
SFで始まりますが、あくまでもリアルを追求した
歴史小説で御座います。限りなく歴史に忠実に、調査と研究により仕上げました。なおSFのストーリーも摩訶不思議現象などではなく、全ていずれは可能になると信じて描いております。
毎週水曜、土曜に更新いたします。折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2013-11-16 12:00:00
567833文字
会話率:35%
IN:0pt OUT:14pt
総合ポイント:pt 評価ポイント:pt
検索結果:19 件
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